右京請願に対する見解

右京⼩の存続を求めておられる理由について
⼈によって、違いはあると思いますが主なものについて考えてみたいと思います。

1 通学距離が遠くなるとの主張

教育政策課⻑が市議会の委員会で答弁しているところによると、右京の中の最も遠い地点からでも、僅か1.4キロです。通学距離とて、全国のどこででも許容されている常識的範囲内の距離です。
更に、右京のなかでも、移動により近くなる場所もあります。むしろ神功6丁⽬からの通学距離がより遠くなります。

2 通学の安全性についての主張

⼤きな道路を横断することになるので危険であるとも⾔われているようです。
しかし、右京と神功の境界にある道路は、交通量もそう多くない⽚側1⾞線の道路です。
且つ、適切な信号機設置もされています。
この道路を横断することが危険であるとすれば、⽇本中の都市で危険でない通学路を探す⽅が困難でしょう。

3 急な坂であるとの主張

中学校へ⾏くには急な坂を上らなければならないので⼤変であるかのような主張もあります。
しかし、平城ニュータウンは丘陵地を切り開いて開発された⼟地ですから、右京にも神功にも坂は沢⼭あります。
その中で、中学校に通じる坂がことさら急であるということもありません。この地域に住んでいる⼈たちは、⾜腰の弱った⽼⼈も含めて⽇々通⾏している道であり、こども園に通う⼦どもたちや保護者の⽅だけにことさら特別な負担をさせていることにはなりません。

4 ⼩学校が地域住⺠交流の場であるとの主張

⼩学校は地域活動の拠点の⼀つではありますが、中⼼的な拠点は、ふれあい会館や北部会館など学校外であると思われます。
少なくとも神功で⾒る限りはそうです。
重要なことは、学校がなくなってしまうのではなく、すぐ隣の平城⻄中学校⽤地に新しい学校ができるのですから、そこを地域住⺠交流の場にすればいいということです。
平城ニュータウン開発初期は、神功⼩学校がなく右京⼩学校だけでした。それが、開発の拡⼤と⼈⼝増に合わせて新たに神功⼩学校が設置されたのですが、今極端な⼦供の減少が⽣じたのですから、再び2校が1校になるのはごく⾃然なことのなりゆきであると考えます。

5 右京⼩がなくなると若い世代の流出が加速され、街が空洞化していくとの主張

繰り返しになりますが、単になくなるのでなく、すぐ近くに新しい学校ができるのです。
⽼朽化した学校がなくなり、代わりにすぐ近くに新しい学校ができ、そこでは空調も完備され、トイレも洋式化され、IT教育環境が整備され、フューチャークラスルームの設置などもなされると、そのような魅⼒ある学校に⼦どもを通わせたいとの思いの若い世代が集まってくることでしょう。
街の空洞化の⼼配は不要です。

8件のコメント

  1. 1.「通学距離が遠くなるとの主張」への反論について:

    「僅か1.4キロ」ぐらい文句を言わずに通え、というのは――暴論です。
    何を根拠に「全国のどこででも許容されている常識的範囲内の距離」とおっしゃっているのでしょうか。

    ちなみに、日本建築学会の『学校建築計画と設計』によると、都市部において推奨される通学距離(時間)は、小学校の低学年では400メートル(10分)だそうですよ。
    このあたりが、体感としても妥当なところだろうと思いますが。

    1.4キロだと、単純計算して35分ですね。後述の急坂の件もあるので、もっとかかると考えるべきでしょう。
    ……これだと、歩いて通えませんよね?
    夏季、ろくに日陰もなく、酷暑で路面が40℃以上にもなるとき、小さな子にその距離を歩かせれば、命に関わります。ここで「僅か1.4キロ」と言えてしまう人は、本当に「子どもたちのことを第一に考えて」いらっしゃるのでしょうか?

    スクールバスを走らせる計画もあるそうですが、バスに乗らないと通えない地域の公立小学校に我が子を通わせるというのは、親にとって結構な心理的ハードルになるのではないでしょうか。
    実際、駅から徒歩通勤圏内で、小学校にも5~10分で通えるというのが、右京地区に引っ越してきた決め手の一つだという人もいます。
    また、特に学童保育を利用されている方にとって、駅から遠い場所に小学校が移るのは、仕事帰りのお迎えにとって巨大な負担になるとの声があります。地域で子育てをする当事者の目線に立つなら、そうした声こそ大切にしなければならないのではないですか。

  2. 2.「通学の安全性についての主張」への反論について:

    右京と神功の境界の道路は、ならやま大通りから兜台に抜けるための主要な道路ですから、交通量はそれなりに多いです。
    これを「交通量もそう多くない」と呼ぶのは、かなり主観的かつ恣意的な表現だと言わねばなりません。

    少なくとも右京側から低学年の子どもを通学させることになるかもしれない親の身からすれば、十分に不安です。
    「この道路を横断することが危険であるとすれば、日本中の都市で危険でない通学路を探す方が困難」だから黙れ、などと言われて納得できるはずがないので、その不安を解消するための合理的な論拠と提案をお示しいただきたいです。

  3. 3.「急な坂であるとの主張」への反論について:

    ここに書いてあるのは、露骨なまでの「弱者切り捨て」の論理ですね。驚きました。

    あの坂があるから神功子ども園に子どもを通わせるのは無理、という声は右京地区の住人から聞いたことがあります。
    「足腰の弱った老人」でもあの坂を上がり下りしているのだから文句を言わずに通え、と言われても、それが無理な人はいるのです。そんな人のことは想像もできませんか?
    本当の意味で足腰の弱った人、持病のある人、妊婦さんなどのことですよ。

    そんな人にとっては、あの坂を上がり下りしなければ生活できない、という状況が新たに出現すれば、引きこもるか、よその地域に引っ越すしかないでしょう。
    その程度には「ことさら急」な坂であることを前提に話をしていただきたいところです。

  4. 4.「小学校が地域住民交流の場であるとの主張」への反論について:

    これほどの住民の分断を招く統廃合計画がごり押しされた結果、新しい学校ができたとして、そこが「地域住民交流の場」として機能するでしょうか。相当怪しいと言わざるを得ません。

    ――ところで請願書には、小学校が地域住民交流の場であるという話の前に、「災害時の避難場所」である点が指摘されていますよね。
    その点に言及しないのは、フェアではないでしょう。

    前の項目に関連しますが、まさかの事態になったとき、「足腰の弱った老人」や持病のある人や妊婦さんに、急な坂を登って1.4キロ歩けとおっしゃるのでしょうか。
    スクールバスを走らせる計画がある時点で、これを右京地区にとっても防災拠点とするという発想は現実的ではないです。
    地域の防災を考えた場合、拠点が分散して設置されている方がはるかにメリットが高いと思います。

  5. 6.右京地区の児童数の増加について

    これは請願書の中でも特に重要な論点であると思われますが、これに触れておられないのは、やはりフェアではないです。

    前の項目に関連しますが、子どもの数が右京地区で増加に転じているのは、現在の(現状のままの)右京地区が子育て世代にとって住む場所として魅力的であることの一つの証左です。
    小学校が廃校になることでその前提が崩れたら、「流出」は現実のものとなります。

  6. 子どもたちの世界では既に右京、神功が別々では運営できない事象が出ています。
    放課後子供教室はかなりの割合で、右京小と神功小が共同で実施されています。
    少年野球やサッカーも単独では成り立たないから合同でチーム編成がなされています。
    何故この現実を見ようとされないのか不思議です。
    右京・神功を合わせたコミュニティを考えざるを得ないほど子供の数は減少しています。
    大人もそうではないですか。

  7. 7日、奈良市議会の観光文教委員会が開催されました。

    右京地区からは計画の見直しを、神功地区からは計画の推進を求める請願が出されており、全く逆の主張となっています。
    これまでは右京地区から計画反対・右京小存続という請願だけが審査されていましたが、これは右京地区だけの問題ではなく、右京と神功の問題であるため、神功地区から市の計画を支持する意見もあるということを伝え、議論の机上に乗せられたことはよかったと思います。

    右京からの請願の質疑では、「右京は最初に開発された土地で駅から近く・・・」と右京地区だけの話をされています。一緒に開発が進み道を一本挟んだだけの隣り合わせの神功も含めて、西中学校区というエリアで一緒にまちづくりという視点がまったくないことが悲しいなあと思いました。
    両地区の中心である中学校に新しい小学校ができれば、そこが新たな右京と神功の地域の拠点となる。富雄第三小中学校の例をみても、地域が土日でも自由に使える会議室があったり、ホールがあったり、今までの学校よりももっと地域が活用できる施設になることは、明らかだと思います。すでに子どもたちは中学校単位でいろいろな活動が進んでいます。なんとか仲良く手をつないで、よりよい学校づくりを話し合うことはできないものでしょうか。

    また、右京地区の請願への質問のやり取りは主に、右京のまちづくりの拠点としての小学校を残してほしい、防災拠点はどうなるのか、あと地はどうなるのか、幼稚園の跡地の売却の経緯から不信感があるから説明をしっかりすべきということで、それらはすべて重要な課題だと思いますが、直接、子どもの教育環境や、教育の在り方を問うものでありません。
    子どもにとって快適な教育環境をどう確保するか、適正な学校規模をどう確保するか、これまでの小中一貫教育の成果をどうより発展させていくかといった議論をもとに、学校の在り方をもう一度検討できないでしょうか。
    地域の拠点は新しい学校でも代替可能ですし、学校跡地の活用やふれあい会館、北部公民館などでも代替することも可能です。

    両請願は継続審議になったため、また10月に審議されると思いますが、子どもの教育環境を一番に考え、環境の改善、規模の適正化、小中一貫教育の推進という点で、右京小学校の子どもにとって、神功小学校の子どもにとっても、一番いい方法は何か、ぜひ議論してほしいと思います。

    この考える会も、右京の方も神功の方も参加して、そうした意見交換ができる場になればいいなと思います。

    1. 5.「右京小がなくなると若い世代の流出が加速され、街が空洞化していくとの主張」への反論について:

      あまりにも素朴な楽観論ですね。現実はもう少しシビアですよ。

      上で申し上げたように、駅から近くて小学校にも近いという理由で右京地区を住む場所に選んだ人は少なくありません。その小学校が廃校になるなら、よそへ引っ越す。それはそれなりに現実的な選択肢として浮上しています。
      人口の減少を視野に入れつつ、本当にコミュニティの将来構想を考えるなら、右京小学校に神功小学校を統合した方が現実的でしょう。

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